作庭の思い

ヒントは子規自筆の随想の中に

 明治23年、23歳の子規は「筆まかせ」という随筆の中に、「書斎及び庭園設計」と題して自分が将来、書斎と庭園を持つのだったらこのような作りにしたいという理想の計画案を示し、簡単な設計図まで描いています。
その中で次の二つの重要な文節があります。

 

秋の野草を植え 皆野性の有様にて乱れたるを最上とする
すべて日本風の雅趣を存すべし

 

 この二点をデザインコンセプトとして作庭しました。

 

庭のイメージ

 

 数奇の世界のような作りこみすぎた庭でなく、野趣のある自然の感じの庭を目指しました。

 幸いにも子規が見たであろうトヨカ柿の古木が計画地の中心景として存在感を示していたので、その柿は是非とも保存すべく土壌改良を施し、踏圧を防ぐ為の 竹垣を配し、その中に子規が愛し句に詠んだ日本の草花を植えこみました。庭の目玉となる句碑は、句を刻んだ石を台石に据えたようなありふれたものは避け、 石組として庭の中に句碑をとりこむことを考えました。

 石材は愛媛県西条市で産出した最高級の伊予青石(緑泥片岩)を用い、中心に柿の絵柿を彫り取った句碑を据え、左側は天へ指向する立石を、右側には天に向 かって吠えるような獅子の石を配し、子規の文学への志 引いてはこの對山樓に投宿した明治の人達の新しい日本の国作りへの情熱と心意気を表現しようと考えました。

 背後には子規が指向した「赤」を基調とする赤花のヒラドツツジ大刈込を配し、竹垣の結界の後方には、子規も確かに見た東大寺大仏殿と春日原始林という世界遺産を借景に取り込むことができたのは、非常に恵まれた条件下にありました。

 

 最後に この庭は多くの人達の汗の結晶でできあがった作品であることを申し添えさせていただきます。

 

「子規の庭」保存会 名誉顧問  正岡 明